残りの半分は自己中心的な要素で形成されています。
私の良いところは、事件に思い入れを強く持ち過ぎて、モチベーションが異常に高くなるところです。
逆に、思い入れが強すぎるだけに、事件に没頭し過ぎて無理するところが悪いところです。
だから、くる仕事を拒んだことは、ほとんどありません。その事件をやって、依頼者が助かり、それが遠因となり、その人の経済が潤い、被災地のためになればいいと思っています。
そのような形で復興に援助するしかできない自分の能力が悔しいです。募金するしかねーんだよ、実際問題。俺の能力のキャパだと。
明日から、妻がボランティアで被災地に行くそうです。
私の分まで頑張って欲しいです。
その間の渡部家の家計は任せろ。おれの分まで十二分に助けて来てくれ。
同業者でも、被災地に相談行く先生がいらっしゃいます。良いことです。しかし、私には、目の前のお客様で手一杯です。
がんばれ妻。偽善という人もいうかのしれんが、「偽善」とは、何もやらない人の、何もやらないことに対する言い訳だと思っています。
口では何とでも言えます。
でも、経験上、人は、言葉より行動を見て他人を評価します。
だから、今回の妻の行動は、私は凄い尊敬しています。
恋愛は、向き合うものではありません。
お互いが同じ方向を目指して進める関係になければ、本当の恋愛ではありません。
向き合って話している時点で、その二人に先はないと思っています。
私の妻は、私にはないものを持って、世の中を進めようとするところが好きです。
趣味も価値観も違いますが、「自分の思ったことをする」という頑固なところが見ていて、好きです。
「偽善」という人間には、言わせておけばいいのです。
信じてやり通した奴が、一番強いのです。
何を犠牲にしても。
私も車売ろうか迷いましたが、仕事に必要ということで諦めました。意外と遠方行く時に必要なのです。
少しでも、みんなを笑わせて来い。
妻と向き合うつもりはありません。
ただ思うがままに、生きて欲しい。
そう思いました。
(今日の一言)
そんな妻の十倍は我が強い私でした。
にほんブログ村
0 コメント:
コメントを投稿